檜山郡に厚沢部町がありますが、その地名由来も元々はアイヌ語であったと考えられています。『角川日本地名大辞典』には、
アイヌ語で鶸(ひわ)という小鳥に似た鳥(桜鳥)ハチヤムが、この沢に多く生息するところからであるとも(蝦夷地名考幷里程記・北海道蝦夷語地名解)、またオヒョウ(楡)が群生する所の意のアツサムからであるともいわれる(アイヌ語地名の研究2・アイヌ語地名解)
竹内理三編『角川日本地名大辞典 1 北海道 上巻』(角川書店、1987年)75頁
①ハチヤㇺという鳥が多い説と、②オヒョウ楡の群生する所説の二説に収斂されているようですが、もう少し原文にあたってみましょう。上原熊次郎の『蝦夷地名考幷里程記』には、
夷語ハチヤムなり。則、紅粉ひわといふ小鳥に似たる鳥の事にて、此沢内に夥敷ある故、此名ありといふ。
上原熊次郎「蝦夷地名考幷里程記」(山田秀三監修、佐々木利和編『アイヌ語地名資料集成』草風館、1988年)88頁
また、『永田地名解』には、
「アツサブ」ト云フハ訛リナリ札幌ニ「ハチヤム」アリ和人「ハツサム」ト訛ル、並ニ此鳥多キヲ以テ名ク
永田方正『初版 北海道蝦夷語地名解 復刻版』(草風館、1984年)169頁
『角川日本地名大辞典』のハチヤム説は上原説の多くを引用しているようです。そこに永田方正氏が札幌の発寒(はっさむ)を同例として挙げています。
②のオヒョウ楡説をどうとらえるかですが、更科源蔵氏の著書を見てみると、
(前略)厚沢部川にこの鳥が多いので名付けられたというが、急にこの説は信じがたいものがあり、むしろ率直にアッサプを受け入れた方に真実性があるように思われる。アト゚サは裸、プはものであるが、アッ・サ・プ(おひよう皮を乾す川)ともとれる。
更科源蔵『アイヌ語地名解 更科源蔵著著作集Ⅵ』(みやま書房 、1982年)20頁
アツサムではないのでかえって混迷した感があります。(笑)atusaでアト゚サ 裸である(になる)という意味であるのでアト゚サプだと 裸である・者 であり、音はそれなりですが、意味は何を指し示すのかわかりません。皮をはがされたおひょうを指したいのでしょうか。アッ・サ・プになるとおそらく、at-sat-p オヒョウ楡の樹皮・乾いている・者との表現でしょうか。者をあらわすプは開音節にしかつかないので、この場合閉音節なので at-sat-pe アッ・サッ・ペとなるのが正解となります。もう前提条件すら崩れていまっています。更科氏のオヒョウ楡云々はしっくりきませんね。
では、アツサムはどのように解すればいいのでしょうか。このような文章を見つけました。
(前略)アイヌ語では、母音の前のhがついたり、つかなかったりする。また札幌の発寒にしても、旧記はほとんどハツサブ、ハツサフ、ハツシヤフなので、厚沢部と同名とした処は肯ける。ただしそれを桜鳥と解すべきや否やは、なお研究したい。アッサム(At-sam オヒョウ楡・の側)だったかも知れない。なお、松浦図では、この川をアンヌル川と記す(後略)
山田秀三著、北海道土木部河川課監修『北海道の川の名』(電通北海道支社、1971年)258頁
これで『角川日本地名大辞典』のアツサムはようやく解明できました。しかし、厳密に群生するという意味なら、葛登支の地名であったようにat-us-i のような形であるのかなと思っていましたので、誰かが飛躍的に解釈したのでしょう。どうもオヒョウ楡説はアイヌ語的にも弱い感じがします。後に出版された『北海道の地名』ではオヒョウ楡説は一切書かれてないので、山田氏自身も②のアツサム説を疑問視していたのかもしれません。(※著作集では『北海道の川の名』のまま収載されています。)