『北海道蝦夷語地名解』檜山郡のところに記載ある「ウッナイ」、カムイウシとアンルルの間に記載がありましたので、その周辺なら厚沢部町の中心部近くだと思って探してみました。すんなり探せると思いきや・・・。
ウッナイとは
ウッナイは知里氏の『地名アイヌ語小辞典』に、
①脇川;横川。もと❛あばらぼね川❜の義で、沼などから流れ出た細長い川が海まで行かずに途中で他の川の横腹に肋骨くっつくように横から注いでいるようなのを云う。(後略)
知里真志保『地名アイヌ語小辞典』(北海道出版企画センター 1956年)139-140頁
なので、厚沢部中心部周辺で「ウッナイ」やそれに音が似た地名、あるいは知里氏の書いた特徴に見合う地形をグーグルマップで探したり、現地をウロウロしていました。いやはや、一日目は全く見つけることが出来ませんでした(汗)。自宅に戻り、PCを起動させ『国土地理院』の地図も見てみるか・・・とふと思い厚沢部周辺を見てみると「ん?!」知里氏が云うところの「ウッナイ」らしき川があるじゃないですか!
鶉(うずら)地名はアイヌ語由来
その水路の通る地名は厚沢部町「鶉(うずら)」の中心部です。微妙に「ウ」の音もかぶっているので、まさか、「鶉=ウッナイ」かと思い『角川日本地名大辞典』を調べます。
(前略)地名の由来は、アイヌ語で川が横から注ぐ低い所という意のウツラによるとも、脇から流れる川、横川の意のウツナイによるともいう(アイヌ語地名解)
竹内理三編『角川日本地名大辞典 1 北海道 上巻』(角川書店、1987年)180頁
ああ、まさかそうだったとは!車で通るたびに「鶉」って変わった地名だなあと昔から思っていたのに、あまりに日本語的なのでアイヌ語由来の可能性を頭からすっ飛ばしていました(涙)。いやはや盲点、思い込みって良くないですね。『角川日本地名大辞典』には『アイヌ語地名解』からの引用として「ウツラ」と「ウツナイ」というアイヌ語を上げています。知里氏の『地名アイヌ語小辞典』の中で「ウッナイ」の解説は冒頭に示した通りですが、「ウツラ」に対応するような語は見つけられません。ut-ra ウッ・ラで肋骨・低い所という解釈なのでしょうか。「ウツラ」は「川が横から注ぐ低い所」という意味らしいですが、川は低い所に流れるのは当たり前でしょう。川から横に注ぐ、川に横から注ぐなら意味は分かりますし、ほぼ、ウッナイと同じような風景を思い描けますが、 「川が横から注ぐ低い所」 という意味がすんなり理解できません。横からってどこを基準に横からなのでしょうか。なんか音から強引に持ってきた地名解な気がしてきます。
その他に『地名アイヌ語小辞典』には utka ウッカ という語があります。
(前略)川の波だつ浅瀬;せせらぎ。ー本来はわき腹の意で、そのように波だつ浅瀬をさす。
知里真志保『地名アイヌ語小辞典』(北海道出版企画センター 1956年)139頁
と書いてあります。川に起こる波が段々のようになっていて、その波立つさまがわき腹のように見えるからなのでしょうか。ウッカにもわき腹、つまりあばらが連想されそうです。
実際、国土地理院の地図を見ていくと、北の小鶉川と南の鶉川をつなぐように用水路のような川が確認できます。国土地理院の地図をで見る限り神社や小学校のあたりから東に向けては人工的に作られた流れっぽいなと思いながら翌日現地へ向かうことにしました。
二日目現地調査の結果
現地の神社は大豊神社といいその脇には用水路とは言い難い水量の流れがありました。ウッカの川の波だつ浅瀬がピッタリきそうです。地図ではそこから東へ向かいしばらくして鶉川と合流してますが、現地の水の流れは見た感じ違いました。どうも神社横を通ったあとは、地中を通り、神社鳥居前の西側にある道路脇にでてさらに西に進んでいるようです。
結論から言うと道道795号線と国道227号線が合流するところ、鶉農協バス停前の民家の横に流れが出てきています。そこからまた地中に潜り国道の下を通りながら、セイコーマート近くを抜けて鶉川へと注いでいるのでしょう。つまり、国土地理院の地図では見えない部分で素直に小鶉川から鶉川へ、まさしくウッナイの説明通りに流れています。あるいはその流れの波立つさまからウッカを想像するかもしれません。
鶉の地名由来がウッナイあるいはウッカであることはなんとなくわかってきました。
小鶉川と鶉川をつなぐ肋骨のような川が「鶉」地名発祥に当たるようです。そうすると一つ疑問が出てきます。現在の小鶉川や鶉川は本来の「鶉」では無いことになります。鶉という地名が起こりそれに近い比較的大きな川なので、本来の地名を奪ってしまったのでしょう。
推察するに小鶉川は鶉川の比較対象として小さい鶉川になったと考えられます。つまり「鶉」地名を奪った主犯は「鶉川」になるはずです(笑)。それでは、現在の鶉川に本来アイヌ語名はついていなかったのでしょうか。
鶉川の正体
道路沿いに鶉川を上流に行くと鶉ダムに行き着きますが、その途中で「木間内(きまない)」という地名を通り抜けます。「内(ない)」はnayに思われますので、沢とか川のアイヌ語になります。では、周辺に木間内川は存在するのかというと、どうも国土地理院の地図を探しても見つけることができません。厚沢部町木間内をグーグルで見てみると、
木間内の地名が鶉川に沿っていることがわかります。どうも鶉川は木間内であった可能性が強そうです。そうすると「鶉」地名は二つの川を繋ぐ横川の地名から、周辺の土地を占領し、さらに木間内と呼ばれた川も蹂躙してしまったようです。本来、川の名前だった木間内はかろうじて、土地の名前として存在し続けたと考えられます。頑張ったね木間内(笑)。
木間内(きまない)の地名由来
アイヌ語としての木間内(きまない)はどんな意味だったのでしょうか。『角川日本地名大辞典』には、
(前略)地名の由来は、アイヌ語の村の奥にある川という意のキマクナイによるという(アイヌ語地名解)
竹内理三編『角川日本地名大辞典 1 北海道 上巻』(角川書店、1987年)471頁
『角川日本地名大辞典』の引用している『アイヌ語地名解』の訳はさっきの「ウツラ」同様ストレートに理解できません(汗)。「村の奥にある川」とありますが、「村」はkotanです。キマクナイという言葉のどこにkotanを当てはめればいいのか想像もつきません。村の奥には山があることを想像しているのでしょうか(笑)。そうすると、 kim-mak-nay キㇺ・マㇰ・ナイで山・奥・沢(川)から同種の子音が押し出されてkimaknay キマクナイになりそうです。しかし、これでは「村の奥」ではなく「山の奥」になってしまいますし、mak自体に山の方という意味がありますので、山・山手ってしつこいです。やはり音から強引に持ってきた感が否定できません。同じような意味の地名なら真駒内(まこまない)の mak-oma-nay 山手に・ある・川 の方が各地にあり、すんなり理解できそうです。
尻別川上流に喜茂別町があり、喜茂別川は尻別川の北支流になります。230号線を沿って中山峠に登っていく川で、まさにkim-o-pet キㇺ・オ・ペッ 山奥・にある・川です。同じように、鶉川は距離的にも果てしなく山奥まで続いていきます。ゆえに、kim-o-nay キㇺ・オ・ナイで山奥に・ある・沢ではないでしょうか。発音としてはキモナイとなるはずですので、キモナイ→キマナイと訛ったと考えるのがいいような気がします。道南のなまりって「モ」と「マ」って混同しやすいですよね。山奥へ入っていく状況もピッタリくる感じがして非常にわかりやすい気がしますが・・・はてさて。