絶滅危惧種イトウ(Parahucho perryi)はいずこに?

ペリー艦隊の地引網をしている風景 雑記
ペリー艦隊の地引網をしている風景
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ある日のこと当ブログのお問い合わせを通して一通のメールが届きました。

函館に来航したペリーと絶滅危惧種イトウ

I県T市にありますK研究所のFと申します。北海道に生息するイトウの研究を行っています。大野川、久根別川、戸切地川について調べていて貴殿のブログに出会い、もしかしたらと思いメッセージを送信させていただきました。/1854年5月に函館に来航したペリー提督が、ここでイトウ(33インチ=84cm)を入手し、同行した画家によって描かれたこの魚が魚類学者によって新種として記載されました。わたしはこのイトウの標本が函館のどこで捕獲されたのかについて調べています。最近になって、ペリーが執筆した報告書にある一枚の挿絵に、函館山を背景に海岸で網を曳く漁師らの絵があること、またそのページの近くに「艦隊が港に停泊中に曳網漁がたびたび行われ、サケやマス、ニシンなどの多くの魚を得ることが出来た」という記述のあることを知りました。/この絵が描かれた場所でイトウが採集された可能性は高く、場所の特定を急ぎたいところです。私の方でもだいたいの目星はつけているのですが、なにぶん現地を知らないので確信が持てません。絵はPDFファイルから切り取った1MBほどの画像ファイル(PNG形式)です。この絵をご覧いただいて場所の特定に協力いただくことはできないでしょうか。またそこに描かれた謎の物体について、何かご存じのことでもないかとも期待しております。よろしくお願いします。

※個人や地域の特定できる固有名詞はアルファベッドに筆者が置き換えました。

このブログを見てこのような問い合わせを頂けるのはブロガー冥利に尽きるというものです。

「お問い合わせフォーム」からはファイル添付できませんので、早速メールを返信して画像をもらうことにしました。それが冒頭の画像というわけです。

そしてメールを送ると直ぐに返信がありました。

お返事ありがとうございます。オリジナルのPDFはファイルサイズが大きすぎるので、そこから問題の挿絵とそれについて解説された原文を切り取った画像を添付いたします(これらは上下2巻に分かれたペリーによる遠征記の上巻にありますが、函館で採集されたイトウの生物学的解説は下巻においてブレボールトという魚類学者が執筆しています。しかしブレボールトは函館に来ていないため採集場所に関する記述はありません)。
同僚に函館出身者がおり、その人曰く、背景に見える山は函館山であるとのことでした。正面から左側に小舟に乗った釣り人2名が描かれてますが、この場所はどうやら河川の河口部のように見て取れます。手前の集団は黒船の乗組員、そしてその背後で地引網を曳く地元漁師がいます。謎の物体とは左側、小舟の手前で地面から突き出た3本の黒いこん棒のようなものです。海岸の(おそらく)砂浜にこのような形状のものがあるでしょうか。
採捕場所を特定することは、かつてイトウが棲息し、産卵していた河川を知ることにつながります。私の把握するかぎり、函館湾あるいは函館周辺でのイトウの捕獲記録はこのペリーによるもののみですが、もし函館生活さんがそれ以外の記録をご存じでしたら、合わせてご教示ください。長くなりましたがどうぞよろしくお願いいたします。

というわけで、絶滅危惧種イトウが幕末の道南河川のどこにいたのかを突き止めようとする次第です。また、謎の物体3本の黒いこん棒のようなものも解明しようというものです。

メールを頂いたのが4月中旬ですので、大分お待たせしちゃいましたがブログでお返事をしていきたいと思います。

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挿絵の解説を訳してみる

まずは一緒に添付された挿絵の解説画像を日本語訳にしてみます。

筆者、文系ですが英語は全くの苦手でありますので、素直にグーグル先生に訳してもらいました。(笑)

挿絵の解説
地引網の挿絵の解説

人口の非常に大きな割合が漁業に従事しており、豊富な産物を供給しています。アメリカ艦隊が港にいる間、船員が頻繁に帆を張り、サケ、サケマス、ハタ、白身魚、タイ、スズキ、ヒラメ、ニシン、ホワイティング、ボラ、その他さまざまな種類の良質の魚が大量に捕獲されました。私たちが捕獲したサケは米国で捕獲されるサケの半分以下の大きさですが、味は米国で捕獲されるサケより優れています。(もっと北の地域で捕獲されたスモークサーモンの標本は、私たちのものと同じくらいの大きさでした。) カニ、美しい模様の殻を持つビーナス属のハマグリ、大きな青い筋肉は、豊富に見つかります。カニはかなりの大きさで、チェサピークの有名なカニに匹敵するほどの素晴らしい食用であることが証明されました。

なるほど、内容はわかりましたが、謎に迫るような重要なことは書いていないようです。

ハタと訳されていますが、函館でハタは獲れないのでカサゴのことでしょうか。またホワイティングと訳されている魚がありますが、おそらく真鱈やスケソウダラだのことかと思います。※1

サケが獲れているのが不思議ですがトキシラズでしょうか。※2

ペリー艦隊が来た5~6月はサクラマスやアメマスのシーズンですのでこの辺の魚種が沢山とれたのは間違いないでしょう。サクラマスだと鮭より小さいですが味についてはこの時期、一番脂が乗って美味しいですよね。

ビーナス属のハマグリはそのままビノスガイに当たると思われます。これまた海に潜るとよく見かけます。筋模様が入った白い丸い貝で、地元の人は万十(寿)貝(まんじゅがい)と呼びます。塩辛く固くてあまり好まれない貝でした。最近はホンビノスカイというのが食用として見直され、たまに流通しているのを見かけます。

また、ここで獲れるカニは二種類考えられます。一つはモクズガニで上海ガニの日本版ですね。もう一つはワタリガニ(ガザミ)で、この二種は今でも5~6月にかけて堤防や河口で見る事ができます。「チェサピークの有名なカニ」と「大きな青い筋肉」のワードからワタリガニを指していると思われます。当ブログでも何度も紹介しているやつです。

※1、2024/07/22追記、ふと寝ながら考えていると、果たして船釣りでなく河口の地引網でタラ類が採れるのか疑問に思われました・・・というか絶対獲れない。(笑) 英語でホワイトフィッシュという魚を見ると見た目はウグイに似ています。確かにウグイはこの時期頻繁に釣れる魚です。ウグイの可能性もある。しかし、ここの記述はホワイティング、この種類を突き詰めていくと、どうも北アメリカで採れるキュウリウオ科の魚を言うことも分かって来ました。キュウリウオ科でこの時期河口で網で掬えるくらい獲れる魚・・・それはチカ一択です。(笑) 筆者も子どもの頃、4~5月の時期河口で網を持って掬った経験があります。なので、ホワイティングは個人的にはチカの方が可能性高いと考えます。

2024/8/28追記、岸から釣れるタラ科の魚がいるのをふと思い出しました。氷下魚(こまい)で道南でもよく釣れます。ホワイティングの候補として挙げておきます。

※2、早速、F様よりお返事がありました。内容をそのまま載せさせて頂きます。サケと訳されたのはサクラマス、サケマスと訳されたのはイトウのようです。

挿絵の解説文にあるsalmonはおそらくサクラマスを指しています。サクラマスとイトウはこの時に採集され、現場で描かれた絵をもとに米国人魚類学者Brevoortが2年後の1856年にともに新種として記載しています。つまり、この文章が書かれた時点では種名がないためsalmonとしか書きようがなかったはずです。アメリカのサーモンの半分くらいの大きさであるが味はまさる、という描写もうなずけます。Salmonの次に紹介されたsalmon troutが私はイトウのことを指しているのではないかと考えています。

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ハイネの魚図

F様からのメールを加味して、ハイネの描いた魚図を見てみました。

その二つの魚図はどのようなものだったのか?調べていくと出てきましたので見てみましょう。

ウィリアム・ハイネの描いたイトウとサクラマスの魚図

ウィリアム・ハイネの描いた魚図を見てみますと、F様が言ったサーモントラウトが上のイトウ、サーモンと訳されたのは下のサクラマスであると思われます。

上は確かにトラウトサーモン系の魚と混同してしまいそうですね。アトランティックサーモンでトバを作りましたが、アトランティックサーモンですと言われても、「そうかも・・・」と言ってしまいそうな感じです。やっぱり魚体の斑点が特徴的ですよね。

あと、昔撮ったイトウの写真がありましたので載せてみます。

どっかで撮ったイトウの写真①
どっかで撮ったイトウの写真①

はい、上の図はまんまイトウですね。(笑)

筆者、斑点、いわゆるブツブツが苦手なので、ちょっとゾワゾワしますが、下の写真は可愛くて癒されます。筆者も水産学部とかの出身だったら、可愛くてこいつを研究対象にしたかもしれません。(;^ω^)

どっかで撮ったイトウの写真②
どっかで撮ったイトウの写真②

そして、下の魚図は見たまんまサクラマスですね。(笑)

4~5月頃が一番道南で釣れる時期です。

余談ですが、魚類学者ブレボールトは下のサクラマスをマスノスケ(キングサーモン)と混同していたとかいないとか。魚体の大きさからもキングサーモンではないですね。「米国で捕獲されるサケの半分以下の大きさですが、味は米国で捕獲されるサケより優れています」まさにこのセンテンスがサクラマスであることを物語ってます。

だって、この時期のサクラマスは脂がノリノリで激ウマですから。( `ー´)ノ

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挿絵の人物を調べる

さて、もう少し挿絵を深堀していきましょう。

挿絵には二つのサインがしてあります。

一つは挿絵の右下にある「J.W.ORR Engraver N.Y」もう一つは左下にある「W.Heine del」です。

右下の署名
左下の署名

右下の「J.W.OOR Engraver N.Y」はEngraverとありますので製版職人のなのでしょうか。N.Yなのでニューヨークの製版職人による複製化(製本化)なのかもしれません。

もう一つは左下にある「W.Heine del」です。

W.Heineはウィリアム・ハイネのこのでこの挿絵を描いた画家であります。「del」は「delineate(スケッチをする)」の略であると思われます。

この挿絵を描いたウィリアム・ハイネとはどのような人物だったのでしょうか。

ウィリアム・ハイネ

ペリー提督の日本遠征に随行したのはウィリアム・ハイネという画家でした。

ウィリアム・ハイネ(1827~1885)はドイツ名をヴィルヘルム・ハイネといいドイツ東部のドレスデン出身で王立芸術学院を経てパリに留学、欧州やアメリカで挿絵画家などをしていました。

ペリー艦隊の日本遠征に随行し多くの挿絵や琉球や日本のスケッチを残しています。

その中の一つが学名Parahucho perryiと呼ばれたイトウのスケッチでもありました。

それにしても冒頭のアイキャッチ画像、タイトルが「Fishing of Hakodadi」とあり「ハコダディ」と発音していると思われるので、現在も残る道南の浜言葉、津軽弁とも南部弁ともなんともいえない東北訛りでいて、それをそのまま音訳して表記したんだなあと微笑ましく思ってしまいます。(;^ω^)

イトウについて

イトウは皆さまご存知の通り幻の淡水魚として知られています。

今は北海道の猿払などで見られる絶滅危惧種ですが、体長は70~1m程度です。アイヌ語でのメジャーな名前はチライ (chiray)と呼ばれており、知来という地名が道内には結構あります。

その他にも、オペライペ (operaype)、トシリ (tosiri)、ヤヤッテチェプ (yayattecep) などと呼ばれているようです。まあ、筆者もその辺は良く区別つきません。(笑)

その絶滅危惧種イトウ、実はかつて岩手や青森県でも生息していたそうです。

北海道も道北、道東だけでなく道南も含めた広範囲に生息していたようです。

さてその学名Parahucho perryi(パラフコ ペリー)・・・

皆さまお気付きかと思いますが、ペリー提督がこの時ウィリアム・ハイネに書かせて持ち帰った魚図を英国の学会で発表したところ、「こりゃ新種やで!」ということで発表した日本の魚にペリーという名前が付いています。やっぱり黒船は凄かった!(笑)

さて、一体全体、道南のどの河川にイトウ生息していたのでしょうか?!夢がある話で非常に探究心をくすぐられます。

次回、絶滅危惧種イトウ(Parahucho perryi)はいずこに?②へ続く。

コメント

  1. 佐藤 より:

    初めまして。ブログ拝見させてもらっています。
    2017年に渓流釣りされている方から聞いた話だと久根別川でイトウが泳いでいるとの事でしたよ。

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